未知の国 中近東へ行ってみた!2005年12月

■オコトワリ。

1)今回は普段にもまして非常に長い旅行記です。簡潔な旅行記を書くことはもう出来なくなってしまったみたい…。お時間のあるときにのんびりしたお気持ちでどうぞ。

2)今回の旅行ではガイドさんから様々史実や宗教の話を聞いたけれど、そもそもベースになる知識を持っていない上に、とにかくこの地域は全てにおいて複雑なので、正確さについては全く自信がない。聞いたことをなるべく聞いたとおりに書くようにしてみたが、ワタシですら「それは事実と違うのでは?」と思った部分もあった。でもそれは彼らがそう受け止めているということなのだろうなと、そのまま書き出している。なので、ここに書かれていること全てを鵜呑みにはしないでいただきたいということ。自分の目で見たことにウソはないけれどね。

■目次。

12/17〜18:日本からシリアへ移動。ダマスカス市内見物。パルミラへ移動。
12/19:パルミラ見物。
12/20:パルミラ見物。移動後、ダマスカス市内見物。
12/21:シリアへ移動。ジェラシュ遺跡見学。アンマン泊。
12/22:King's Highwayを移動(マダバ・カラクなど)、ペトラの夜。
12/23前半:ペトラ見物。
12/23後半:ペトラ見物。
12/24:ペトラ見物。死海。アンマンへ移動。
12/25〜26&総括:帰国&旅行のまとめ。

■さて、そもそもは。

…何だろう。「インディージョーンズ 最後の聖戦」に出てきた石の神殿が実在すると知った時だろうか。それとも、世界遺産の本を買って、パルミラの神殿がそのまま残っていることに感激したときだろうか。ふと気付いたら中近東に行ってみたいと思うようになっていた。

ここ半年、仕事が忙しくて、夏休みも取れず、週末もあらかた出張、9月から11月の祝日は全てドイツ出張で潰れというありさまだったので、早くから12月は休みを取ると決めていた。10年目休暇も今年中に取らないと権利が消滅するし。ただ問題はこの時期に一緒に休みを取れる人がいるかどうかであった。相方さんはダメ、その他にも何人か聞いてみたけれど、やはりこの年末の忙しい時期に休むのは無理と断られる。出張はともかく、海外旅行は一人でしたことがないので、ちょっと不安。しかも全く足を踏み入れたことの無い中近東。イスラム圏で女性一人というのは余り居心地良くなさそうだし、治安というかテロとかそういうのも恐ろしい。

しかし。こんなにまとまって休みを取れることなんてもう無さそうだし。これから益々世の中がきな臭くなっていったとしたら 、二度と行くチャンスは訪れないかもしれない。不安は無いといったら嘘になるけれど、思い切って行ってみることにした。行こうと思っているヨルダン・シリアは比較的治安がいいというのも少しは後押しになった<しかし迷っていた頃にヨルダンの首都アンマンで自爆テロがあって(11月の初めだった)、ちょっとまたグラついたのだけれど。

とにかくそんなこんなで出発。

■12月17日 夕方というか夜、羽田発最終の関空行きに乗る。羽田に来るの久しぶりだなあ。まさに半年ぶりだ。国際線チェックインカウンターに行くと、あやしげな赤い帽子に白いベールのお姉さんが立っている。日本人だけれどエミレーツ航空の人らしい。

ワタシが国内の仕事をしていた頃にはまだ入れなかったダイヤモンドラウンジへ。ラウンジ内でセキュリティチェックが出来るのだ。入ってみたいなあと思っていたのでちょっと嬉しい。中は閑散としているが、特に東北・北海道が大雪で飛行機が相当遅れているらしく、待っている方がちらほら。

関空行きのJAL便ではあるが、エミレーツとのコードシェア便で、エスニックな顔立ちのお客様が沢山いてビックリ。こんな便あったんだー。乗ったことなかったなあ。何事もなく関空に到着。ラウンジクーポンも貰っていたが時間が全然ないのでそのまま次のゲートへ。

■エミレーツ航空のドバイ行きである。日本人のツアーの人などもいる。今回は贅沢に過ごすことにしているので往復ともビジネスクラス。まわりのお客さんは商社マンかなあという人が多いが、ベールをまとったアラブ系の女性などもいる。きっとお金持ちなんだろうなあ。

初めて乗るエアラインだが、個人用モニターがタッチパネル式になっていたり、椅子をリクライニングさせるのも独立した液晶のモニターがついていたり、いろいろと面白いぞ。評判がよいのは知っていたけれど、確かにサービスもきめ細やかで悪くない。なんと関空でも雪が降っていたので、デフロストのために少し出発が遅れる。待っているうちに眠ってしまって、ふと気付いたら空の上だった。夜中だというのにお食事が出てくる。軽食と書いてあったけど結構ヘビーだわ。

機内食1:鱈のスモーク。カニのサラダ。サラダ。ガーリックトースト。牛フィレ肉のステーキとマッシュポテト。アップルパイ。

■非常に寝易いとは言わないが、夜中でもあり、6時間くらいは寝ていたかな。ちなみにドバイまで9時間ちょっとのフライト。起きて、ボーっとしたまま、モシャモシャと朝食を食べているうちにドバイに到着。まだ暗かったので町の明かりが良く見えたが、広々とした何だか大きな町だなあという印象。現地時間で6時20分くらい。タラップを降りてバスに乗ってターミナルへ行くのだが20度くらいあるらしくモヤモヤと暖かい。バスに乗っているうちに、日が昇ってきた。

機内食2:野菜の炊き合わせ。茄子の煮浸し。河豚のみりんぼし。ご飯。お味噌汁。

ドバイというかUAEへ降り立つのもまた初めてだったのだが、完全にトランジットのみ、しかもここでもまたすごく時間がギリギリだったので、ほとんど何も見る暇もなく次のゲートへ。だって飛行機からバスに乗って、ターミナルに着いたのが6時40分くらいだったのだけれど、6時45分までには次の飛行機にボーディングしろということになっていたのだ。セキュリティゲートも通らなければいけないのに…。ここで乗り遅れたら洒落にならんとダッシュ。

何とか間に合って、またバスで飛行機へ。今度はもうちょっと小さな飛行機。席は空いているので好きなところに座っていいと言われる。一番前の席に女優さんが座っていて、写真を撮られたりしていた。ワタシからはずっと顔が見れなくて、どんな人かなあと気になっていたのだが、最後下りるときに見たら、だいぶ年配の人でしかも全く見覚えもなし。こちらのフライトは3時間ほど。ここでも朝ご飯が出てきたので、ちょっとだけ味見。

機内食3:ヨーグルト。パン。卵とラム肉を巻いたパンケーキ。果物。…をちょっと。

■9時頃ダマスカス空港着陸。首都のはずだが、その割には小さな空港だなあ。当然だけれどシリア航空の飛行機が沢山。この国はほぼ社会主義国だそうで、入国審査などもかなり厳しいと聞いていたので、ちょっとドキドキしている。秘密警察みたいな人も沢山いるんですって。飛行機内で配られた出入国用紙には父と母の名前まで書く欄があったし。別の紙には所持金まで書かなければいけない。持って入った以上に持ち出してはいけないんですって。そして、イスラエルへの入国記録があると、入国出来ないそうでじろじろと出入国の記録を見られる。もちろんビザも取ってあるよ。どこの町に滞在するのか聞かれたけれど、後は無事に通過。良かった。

ゲートを出たら、お迎えの人発見。Ashmadさん。綺麗な英語を話す人なのでよかったー。もろアラブちっくな英語だと大変だなあと危惧していたのだ。運転手さんのところまで歩いていく。空港から15分ほどでダマスカス市内に到着。雑然とした見たことのない街並み。まだファミリアーな感じはしないけれど、ちょっとワクワクする。

■まずは国立博物館へ。このあたりの土地は何せ歴史が古く、どの町にも歴史的建造物や遺物があるらしい。紀元前4000年くらいの一番最初のアルファベットが生まれた町(ウガリテ)から、ユーフラテス川沿いに発達した文化、青銅器時代、ローマ時代などなど、結構気が遠くなりそうなくらい昔のものがごく普通に並べられている。そしてイスラム教・キリスト教・ユダヤ教など色々な宗教がごったに並列していたことに感心する。そのあとはオットマンだったり何だったり歴史の教科書で聞いたことあるなあというものだらけ。

ローマ時代からの発掘物はこないだケルンで見たものと良く似ていた。そりゃ当たり前か。しかしマリの方のもの(4000年前くらいのもの)の像などは目と鼻が大きくてもっとオリエンタルな雰囲気。本当に気が遠くなりそうなくらい昔から人が住んでいたのねえ。あとはこの国には珍しいユダヤ教のシナゴーグなど<これがまた綺麗で。

正面のファサードはイスラム教の大きなお宅から持ってきたもの。普通イスラムは厳格なので人の像などは飾らないのだけれど、色々な宗教が混じるこの地域はリベラルな人もいたらしく、そういう像などもあった。

博物館正面

ガイドさんに英語が上手いですねえと感心される。うーん、そりゃまあ、いわゆる平均的な日本人よりは英語喋れているだろうねえ。日本人のツアー客の場合、代表者の人もほとんど英語が喋れないので、ガイドする方も張り合いがないのだそうだ。まあ、そうかもね。でもシリアで日本語でガイドできる人は一人しかいないんですって。

モザイク(床に使われている)も建物の内外に沢山あった

お庭でガイドさんとコーヒーを飲む。トルココーヒーTurkish coffeeという、香りが良いドロッとしたコーヒー。100シリアポンド(220円くらい)。トイレもトイレおじさんが立っていて、お金をくれという。コインを持っていないので、しょうながいので50ポンドあげる。

←こんな感じで庭にも古そうな(というか古いんだけど)ものがゴロゴロしている。

■11時半頃に博物館を出て、スーク(市場)のあるあたりへ。明後日も時間があるのだけれど、とりあえずスーク・アル・ハミディーエSouq al-Hamidiyyaを歩いてみる。要は大きなアーケードなわけだが、上の覆いに穴が開いていて星空みたいに見える(そういえばエミレーツの飛行機の天井にも星が輝いていたなあ←勿論穴が開いているわけではないよ)。「ダマスカスのスークなら何でも揃う」と言われているそうで、洋服から金からスパイスから食べ物から色々なものがあって、皆そぞろ歩いている。ガイドさんに聞くと、全てが一級品というわけではないが、その分安いので、日常生活の中で使う場所なのだとか。

スーク

メインストリートは大きいのだけれど、その脇に走っている小道にもお店が並んでいて、どんどん奥に入っていくと、まるで迷路のようだ。19世紀オスマントルコの時代に作られた町で、スークは当時のままだそうである。

スパイス屋さん

12世紀頃からやっている(!)というトルコ風呂屋さん<アヤシイ奴ではない。普通は男性用の時間、女性用の時間と分かれているトルコ風呂屋さんが多いようだが、ここのは男性専用なんですって。

トルコ風呂屋-外見

中-上半身裸のおじさんがウロウロしていて困っちゃったんだけど「写真撮ってもいいよ」と言われたので。

■スークの先にはウマイヤドモスク。ウマイヤド王朝ってのも歴史の教科書で出てきたなあ。

しかし今日はここには入らず、その先のアゼムパレスというところへ。これまた19世紀頃のお金持ちのお家を民族博物館にしているのだとか。外側は小さな無愛想な入り口であまりたいしたことなさそうなのに、中には立派なお屋敷が広がっていた。この頃の家は皆そうなのだそう。お庭も全て中庭にして、プライバシーを大事にしていたんですって。

これがアゼムパレスの中庭

建物の中は撮影禁止だったけれど、寄木細工の壁とか、螺鈿のような貝細工の家具とか、綺麗な中国製の陶器とか、本当に贅沢な感じ。グラナダのアルハンブラによく似ているなあ。中庭の柱の感じとかも含めて。…というか、向こうがイスラムの影響を受けているのか。黒と白(+オレンジ)の色使いはオスマントルコの特徴。

トルコ風呂なども見ることが出来た。スチームで温められた室内で、マッサージを受けたりしていたらしい。丸天井に小さな丸窓が星のように開いているのだが、それもアルハンブラにあった浴場と良く似ている。そのほかにも寺子屋風の当時の学校などもあった。

■13時くらいになり、ちょうどお腹も空いてきたのでお昼ご飯に。迷路のような細い道をくねくねと歩いていき、ウマイヤドパレスという名の地下へ下りていくレストランに入る。ワタシ達以外にお客の姿はなく閑散としている。ビュッフェスタイルのレストラン。初めてのシリア料理にワクワクする。ちなみにシリア料理とレバノン料理はほぼ一緒だそう<東京ではほとんどレバノン料理と言っているみたい。

ホブス(発音的には咳をするような感じで喉の奥から‘コッブス’みたいな感じ)というパンと前菜を色々取っていく。初日だから一応生野菜は避けておいた方が良いかもとアドバイスされたので、火の通ったものだけ。メインはやはり羊のお肉が多いのね。欲張りなので、ちょっとずつだけれどほぼ全種類取ってみた。どれも美味しい!

得な体質というか、ただ食い意地が張っているだけなのか、どこの国へ行っても食事が美味しいと思えるタイプでよかったなあと思う(あ、今年の春先に行ったフィンランドだけはちょっと苦手だったか…サーモンや鰊だらけだったから)。基本的に食べ物で当たることもほとんどないし。シリア料理も素朴だけれど、美味しいなあ。そもそも煮込んだ料理が好きというのもあるかな。

前菜よりどりみどり

メイン

昼食:ホブス、ホンモス(豆のペースト)、ナスとトマトの煮たの、ご飯をぶどうの葉で包んで蒸したもの、カリフラワーのカレー風味、野菜スープ。羊の肉団子 トマト煮込み、羊と小麦粉のお団子 ヨーグルト煮込み、羊の春巻きみたいなもの、グリルドチキンと挽き割り小麦。揚げドーナツ、オレンジピール入りの月餅みたいなもの、プリン。

ガイドのAshmad。バツイチ独身40歳。前妻がベルギー人だったこともあり、外人の奥さんを探しているのだそう。ちょっと話がシモくなり気味というか、女好きっぽいなところがややウザいが、こちらも女性一人だから仕方あるまい。でも気が利くし、ガイドとしても優秀なので、当たりだと思う。

■さて二時過ぎくらいに車に乗り込み、一路パルミラを目指す。ダマスカスから230kmほど離れているそうである。高速道路のようなところを暫し走った後、ずーっと砂漠の中の一本道のようなところを走りつづける。

車窓からの眺め

途中でイラクはバグダッドへ向かう分岐に差し掛かる。「バグダッドへ行く?」と冗談を言われる。でもホント、ここからだとパルミラまでの距離とほ変わらないんだなあ。イラクのすぐそば(100kmくらい)にいるのかあ・・・。感慨深いというか何と言うか。「砂漠を運転していたら、後ろから追いつかれた車に銃撃された」とかそういった事件のことが一瞬脳裏を過ぎる。ううう、何かあったら自己責任だよなあ。

半分ほど行ったところで、その名もバグダッドカフェというところで休憩する。なんか映画の名前であったような気がするけれど、違ったかしらん。

バグダッドカフェ

カフェの外にはベドウィンのテントや家がある。ぷらぷらしていたらカフェから出てきた若い男性に「中を見るか」と訊かれたような気がする。どうやらベドウィンの人のようで英語もほとんど通じないのだが、頷いて中を見せてもらう。現地の人に声を掛けられると、ついついお金を欲しがっているのではないかとか、何か売りつけようとしているのではないかと身構えてしまうのだけれど、この国に来て出会った人たちは基本的にはみんな親切だ。スレていないというか<観光客は多いはずだけれどね。

テント

こじんまりとしたテントだが、寒いのかと思いきや、風はほとんど入ってこない。家のほうは一つ一つが独立した部屋になっている。家具とかはなくて床に絨毯を敷いて、低く生活しているみたい。家具とかはあまり要らないだろうけれど、洋服とかはどこに仕舞うのだろうか。どんな生活なのかなあ。

日が沈みかけてきて、だいぶ気温が下がってきた。車が通る以外は何の音もしない。空が広い。どんな暮らしなのか全く想像も尽かないが、一旅人の感想としていいところだなあとしみじみ思う。

■車窓からの風景を眺めたりウトウトしたり。すっかり日が沈んだ頃にパルミラに到着。道路の脇に広がる荒野に普通にローマ時代の遺跡の柱が建っていてビックリする。もっと奥まったところにあるとか、何かに囲まれているとか、そういった状態を想像していたのだが、本当に道の脇なのだもの。

そしてまさに遺跡の目の前にあるゼノビアホテルに到着。ホテルというよりはモーテルみたいな感じだけれど、なにせバルシャミン神殿の目の前にあるという立地条件は最高。お部屋は外見から想像した通りのこじんまりとしたもの。しかもお客はワタシ(&ガイドさんとドライバーさん)だけ。お腹が空かないので、まずは夜の遺跡を見に行くことにした。一部がライトアップされているのである。夏だと砂漠にはサソリやヘビもいるよとガイドが言うが、寒い時期なので大丈夫だろう。神殿の脇を通り、列柱道路へ。


ライトアップされたパルミラ遺跡

うわーうわーうわー。言葉がうまく出ない。こんなに完全な形でローマ時代の遺跡が残っているなんてすごすぎる。勿論ローマとかに行けば同じようなものが見れるのかもしれないけれど、砂漠の中に忽然と立っているその様に圧倒される。そして柱の上には満天の星。本当に夢のようなシチュエーションだ。時間も寒さも忘れて暫し佇む。

■想像以上に素晴らしい遺跡の夜の顔を堪能してホテルへ戻る。まだお腹は空かないが、ガイドさんとドライバーさんが町へ食事へ行くというのでついていく。スープだけでも飲めばいいじゃないと誘われたのだ。

タモドールという町なのだが、観光がメインの産業なのだろうなと思われる小さな町である。お店の奥に小さなインターネットカフェもついているレストランに入る。なぜかこのあたりのレストランはみんなパルミラという名前。どうやって区別しているのだろうか。

先住権を主張するかのように隣りの席にずっと座っていたネコ

レンズ豆のスープを貰う。トロッとして、玉葱の甘味があって美味しいスープだわ。ホッとする味。レモンの絞り汁と揚げたホブスを入れて飲むらしい。味見させてもらった彼らのメインディッシュ、マトンの入ったピラフのようなものも美味しい。カルダモンやナッツが入っているのだ。

レンティルスープ。

夕食:レンズ豆のスープ。マトン入りピラフを一口。

■部屋に帰ってバタリ。

翌日へ


旅行記トップへ戻る

日記へ戻る